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六社揃踏み期 1

日活が製作再開(1954年)してから新東宝が倒産(1961年)するまでの短い期間が六社で邦画界を盛り上げていた時期になります。ちょうど映画館への入場者数もピーク時にあり、映画=娯楽という図式がまだ成り立っていたわけです。独立系も活発で本数も多かったので大衆向け娯楽作品から前衛的な芸術作品まで幅広いジャンルの邦画が製作されました。

・1954年
本当にあくまでも参考までにですが『キネマ旬報ベストテン』では「二十四の瞳」が一位になっており「七人の侍」は三位です。興行的には「君の名は(第三部)」が一位で「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」が二位となっております。ちなみに洋画では「ローマの休日」、「恐怖の報酬」、「波止場」などが公開された年になるようです。

日活は6月から公開を開始しますが時代物は新国劇ユニット、現代物は新劇系の団員とフリーの役者に頼らざるを得ない状況でした。ちなみに三国連太郎はこの年に五社協定違反者1号となってフリー(翌年日活と契約)、津島恵子も前年フリー、乙羽信子も2年前からフリーとなっておりました。

この年はやはり全体的に松竹の年という感じがしますね。高峰秀子出演3作は全て松竹で「二十四の瞳」、「女の園」、「この広い空のどこかに」ですから高峰秀子の年といっても良いぐらいですね。岸恵子も「君の名は(第三部)」含め9作品への出演とこの時期は結婚するまでフル稼働状態ですが、それは人気女優としての義務でもあったでしょう。

東宝も邦画史には必須の「七人の侍」と「ゴジラ」を公開しており、またスランプから脱し上り調子にあった成瀬巳喜男の2品、「山の音」、「晩菊」も素晴らしい。ただ争議の余波もあってか全体的には本調子とはいえないような感じがしますね。

大映はこの年の夏に市川雷蔵と勝新太郎がデビュー。女優陣は揃ったものの男優陣は長谷川一夫の次のスタアが待たれる状態(根上淳、菅原謙二ファンには申し訳ないが)。その中で溝口作品が3品、「山椒太夫」、「噂の女」、「近松物語」と秀作を連ねる。

東映は両御大はもちろん、デビューしたての錦之助、千代之介も含め全員大車輪でシリーズものを中心に量産体制に入ります。経験したことがないので何ともですが、自宅で連続もののTVドラマを見るのように都度映画館に行って見るような感じでしょうか。

新東宝は大蔵体制前なのでアクはなさそうなのですが、その分会社としての個性もない感じですね。出演者だけ見るとすでに実績のある役者を起用しているのですが、それぞれのイメージから新東宝に結びつきません。早川雪洲から力道山までいろいろと企画したのだなとは思われます。斎藤寅次郎の花菱アチャコものがメインでしょうか。

やはり「その時代」の黎明期という感じがする年ですね。もちろん名作多数ですが後にスタアになる面々がデビューする年になっていますし、日活と新東宝の本領(?)が発揮されておりませんので個人的黄金期とまではいきませんです。

ちなみにこの年東映が「続続続魚河岸の石松 大阪罷り通る」、「続続続続魚河岸の石松 女海族と戦う」(賊ではなく族)という作品(未見)を公開しております。東映京都は作品名が長いものが多いのでこの程度は字数としてたいしたことはないのですが、そのセンスはさすがだなと思ったところ東映東京でした。京都っぽいというかマキノ光雄とか岡田茂が好きそうなんですけどね。

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