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もしも永田大映が誕生しなかったら 2

今回は女優編となりますが、まあ看板となるのはやはりあのお三方な訳です。ただ経歴を調べてみるとそこに食い込んでいたであろう方もおりまして、月丘夢路と乙羽信子は宝塚歌劇団退団後は大映に入社(月丘は4年後松竹移籍、乙羽は2年後近映協)、南田洋子も若尾文子とニューフェイス同期(3年後日活移籍)だったりします。移籍しなかった場合を妄想するのも面白いですが、それはとりあえず置いときましょうか。[女優編]・京マチ子...

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もしも永田大映が誕生しなかったら 1

永田雅一が新興キネマ京都撮影所所長でなかったとすれば、おそらく大映誕生には至らなかったはずでタイトルは微妙な感じもするのですが、やはり倒産まで社長職にあったという点からその時代の大映=永田雅一であると定義付けたいところです。永田雅一が存在しなかったなら、としても良いのでしょうが、その時代の象徴として永田大映とさせていただきたいのであります。[男優編]永田が社長になってから阪妻、千恵、右太、嵐寛が脱退...

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その時代ツリー図

大雑把ですがその時代のツリー図をつくってみました。実際はもっと動きはあるのですが、パッと見でわかりやすく、大手の関わりだけに絞っております。・1945年終戦、・1953年にテレビ放送開始、・1958年が映画館入場者数のピーク、・1964年東京オリンピック開催、あたりを補足しておきましょうか。各社の詳細な歴史についてはある程度情報も行き渡っておりますので割愛させていただきますが、やはり松竹の真直ぐっぷりが目をひきま...

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なぜその時代か?

なぜ1940年代~1970年代?○なぜ1940年代からなのか?やはり戦前ということもあり、気軽に視聴できる作品が少ない点があげられます。1940年代以前の小津作品は37作ありますが17作は現存が確認できないようですし、山中貞雄作品は3作残っているとはいえオリジナルかどうか定かではないといわれております。オンタイムで鑑賞された方の書籍等によりどのような作品であったかは知り得ますが、観れないものは評価しようがないということ...

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このブログについて

今更ながら日本映画についてのブログを開設するのが自分の趣味という点以外にあるとすれば、『評価の再確認』になるかと思っております。このブログは1940年代~1970年代の邦画ネタがメイン、自分は1972年生まれですのでその時代の空気を体感せずに記事を書くことになりますが、映画全般ではそのカテゴリーが一番好きです。おそらく自分と同様な方もたくさんいらっしゃるだろうから、そういう方々と『評価の再確認』ができればいい...

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